社会学記事寄稿

マーケターこそ知っておくべき、マックス・ヴェーバーの「価値合理的行為」について

sagako
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SNSコンサルタントのsagako(@sagako0302)です。前回の記事同様、「マーケティングには社会学の視点が効いてくるよね」という切り口にて、インハウスマーケティングラボにてコラムを書かせていただきます。

今回は、マックス・ヴェーバーの「価値合理的行為」についてです。

購買活動における合理的な振る舞いとは?

かつて社会学者ヴェーバー先生は言いました。

合理的、合理的って言うけど、別に合理的はひとつじゃないよ?

日々生活をしていると、「なぜ、こんなことをしているのか?」と不思議に思う人がいます。先日、某フリマアプリにて本を500円で売ろうしたら、10円レベルで値切ろうとする人に出合いました。

私は言いたい、「その交渉コストだるくないか?」「最低価格で入札している私が落札しなかったら、意味なくね?」と。

思わず、「合理的じゃなくね?」と、言いたくなります。

が、ここで私の頭の中にいる、内なるマックス・ヴェーバー先生が言いました。

ヴェーバー先生:
「いやいやsagakoよ、この相手にとって、値切ろうとする行為は至って合理的な振る舞いなのじゃよ」

sagako:
「先生、どう考えても合理的じゃないです。このだるい会話は、一体いつまで続ければばいいんでしょうか???」

ヴェーバー先生 :
「この会話は、確かに“利益を得る”という目的に沿った行為かもしれない。しかし、“安く買うことをは素晴らしい”という価値観を相手が持っているとしたら、『理(ことわり)』に沿っているとも言えないかな?」

sagako:
「……言えます。ということは、この某フリマアプリで粘着気質気味に値切ろうとする人は、10円でも、あるいは1円でも安く買うことを至上とする考えを持つ方ということでしょうか……?」

ヴェーバー先生:
「そういう事にしよう」

と、一見他人から見るとまるで合理的ではないように捉えられる行為も、実は当人の価値観に従った合理的行為である場合がある。

人間の行為を紐解く4要素

また、ヴェーバー先生は、人間の行為を下記のように分けた。

・目的合理的行為

外の事物や他社の行動を予想し「自分の目的」のために働きかけ、条件や手段として利用すること
例)利益の最大化のために企業買収をするぜ!

・価値合理的行為

結果を度外視して、ある絶対的価値観(倫理的、美的、宗教的etc)を信じること
例)私たちのブランドは絶対にこのデザインは変えない。絶対だ。

・伝統的行為

過去の慣習に従った振る舞いをすること
例)伝統的に二次会はカラオケに決まっている。

・感情的行為

個人の感性に従って意思決定をすること
例)この恩は海よりも深く、山よりも高い。どんだけ借金しても、なんとしてもこの会社を守る!!

科学的合理性は人間が選択してきた過去に依存する

また、上の4要素の考え方は、別の発見も与えてくれる。

科学的合理性という概念も、数ある価値観の中から個々人が選択している考え方に過ぎないということだ

よくよく考えると、科学的合理は、空気のように目に見えないが常に存在し、宇宙が存在した時からあたかも常識であったかのような顔をしている。しかし、今の人間が認識できている“科学”というものは、完全な真実ではない。

宇宙観として、天動説から地動説へと変化が起こったように。
物理学の世界で、光は波であり、粒子であると定義されたように。
スポーツの世界で、スポ根時代に“悪”と捉えられていた水分補給が、実は生死に関わるほど大切な役割であったとわかったように。

このように、『科学の真実』はアップデートしていくものだ。とはいえ、かなり主語が大きくなってしまったので、話を戻すとする。

合理性は「目的合理的行為」と「価値合理的行為」にわけられる

“行為”というのはいくつか種類があって、合理性は「目的合理的行為」と「価値合理的行為」にわけられることが分かった。

これを頭の中に入れておくと、一見理解不能に思える行為も、だいたい何かしらの基準があるように考えられる。

人が意味不明な行動を起こしているように見えたら、

  • ・どこに目的があるのか
  • ・なにかの価値観に基づいているのか
  • ・なにか伝統があるのか
  • ・なにか行動をふりきらせる感情があったのか

の4つにわけて深堀っていけばよい。

そして最後に、この「合理性」というものに興味がある人に読んで欲しい本を紹介する。

それは、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』、通称“プロ倫”と呼ばれる本。

先ほど紹介したヴェーバー先生は、この合理性という考え方に注目しており、こちらの本において「カトリックじゃなくて、プロテスタントが強い地域で資本主義が発達したのは、資本主義の考え方とプロテスタントの考え方の相性が良かったからだ!」という超理論の説明が綴られている。

経済と宗教を結び付けて解説がされており、とてもよくまとまっている本となっている。ただ、この本自体は賛否両論でもあり、これを機に他の文献にも是非にあたってみて欲しい。

ただ、資本主義を分解して考えるひとつの指針として、とても適しているのも事実。私としては“マジ推し”の本である。

次回もまた、社会学を深掘っていく予定だ。ぜひお楽しみに。

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補足)
マックス・ヴェーバーとは、ドイツの政治学者・社会学者・経済学者。『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』とは、ヴェーバーが書いた本。日本では通称「プロ倫」と呼ばれる。プロテスタントの世俗内禁欲が資本主義の「精神」に適合性を持っていたという、逆説的な論理を示した。ただし、近代資本主義の成立と宗教を結びつける部分には賛否両論が巻き起こっている。

参考文献)
マックス・ヴェーバー著、大塚 久雄訳 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』岩波文庫、1989年

この記事を書いたライター
sagako

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