スポーツ現場のマーケティングに欠かせない「仮説検証」と「ツール活用」のコツ(江藤 美帆氏)
- 甲斐 雅之
デジタル化とデータ分析の重要性が年々高まりつつあるスポーツ業界。その領域で、IT業界からクラブチーム運営に転身し、「スポーツクラブのIT活用」の面でキーマンとなっているマーケターがいます。
J2リーグに所属する栃木サッカークラブ(以下:栃木SC)にて取締役マーケティング戦略部部長を務める江藤美帆さん(以下:えとみほさん)。
アメリカ留学時代にマイクロソフトでのインターンを経験し、Googleでのストリートビュープロジェクトのマネージャー、インターネット広告代理店でのメディア立ち上げ、写真販売アプリ「Snapmart」を運営するスナップマート株式会社の代表取締役CEOを歴任。
かつてはテックブロガーや本の出版プロジェクトにも参画していたことから、その圧倒的な実績を提げてのスポーツビジネスへの転身が大きな話題を呼びました。
今回の『インハウスマーケティングラボ』では、自身が熱心なサポーターであった経緯から、その「ユーザー視点」をどう施策に活用しているのか、また、「年商数十億円の中小企業」とも捉えられるスポーツクラブ運営におけるツール活用の実態をお聞きしました。
少ない予算でも「ペルソナ」と「切り口」を定義できればSNS広告は出稿できる
広告運用の面では、FacebookとInstagramを試験的に活用していました。特にInstagramの場合、ストーリーズ広告はマーケティング担当として着任後、新たなファン層へのアプローチとして利用しています。
出典:Instagram
ターゲティングとしては、イベントやキャンペーンの対象となる人物像を想定して設定しました。
たとえばガールズデーの場合、女性を対象として生活や普段使いをしているInstagramへの出稿を増やし、他の手法にむやみやたらに手を出しませんでした。なにせマーケ予算が1試合3〜5万円くらいしかないので(笑)。
栃木SCのアカウントでInstagramの通常投稿をすれば、基本的にはファンを中心としてリーチできます。しかし、インターネット広告を活用すれば、ファン以外、かつインターネットを起点に態度変容を起こしやすい層にもイベントの存在を届けることができるようになります。
具体的な例を挙げると、Instagram広告ではガールズデー企画でABテストの検証を行いました。
サッカーの円陣を組んでいるシーンと、スタジアムグルメを紹介してイチゴのスイーツを紹介するような感じです。サッカーの広告というと、どうしてもユニフォーム姿の選手をバーンと見せるクリエイティブが中心になりがちですが、Instagramの場合は後者のグルメ推しの方が広告効果が良かったです。
また、広告運用は代理店を挟まずインハウスのチームで取り組んでいます。基本的にはマーケティング企画に関する会議を、チケット担当、グッズ担当、ファンクラブ担当、インターン、私の構成で都度開いています。新しい企画やデジタルマーケティングは、インターン生が中心となり設計してもらってました。
インターンメンバーは元々サッカーに詳しい訳でもなかったので、ピュアな気持ちから「もともとサッカーへの興味が薄い人をどう惹きつけるか?」を意識した企画を提案してくれたので、良い案がたくさん生まれました。
クリエイティブの検証で意識したことは、SNSプラットフォームを企画内容に応じて分けることです。正攻法としては全SNSプラットフォームにて均等に出稿すべきですが、資金が潤沢でないことから、試合ごとに仮説立ての配分を変えていました。
たとえば、「ガールズデーなら、女性の利用率が高いInstagram広告」、「ビール飲み放題の日なら30代以上の成人男性を対象のFacebook広告」、「eスポーツの前哨戦なら、Twitter広告」といった感じです。
仮説検証を繰り返すために「自分たち」に適した打ち手を
デジタルマーケティング面での予算設計としては、新規ファンの獲得予算を軸として組み立てています。Jリーグが測定・提供している新規ファンを獲得するためのROIなどもありますが、自分たちの場合、決して多くの資金を有していないため、先ほどの広告運用と同様に、低額でも仮説検証を積み重ねなければなりません。
基本的な企画の考え方として、「他クラブの良い事例を真似ること」は常に意識しています。ただ、予算規模として国内外のビッグクラブと同じ座組で取り入れることは難しいので、自分たちでも取り入れられるかを見極めています。
この1年間さまざまな施策を試してみて、オンラインの施策では無料招待枠や市民招待枠をSNS広告を使っての拡散が効果的と感じています。ただ、まだまだオフラインが強い土地柄なので、折り込みチラシやポスター掲出など、オフライン施策のほうが目に見える成果は出ます。
スポーツ業界の特色として、申込数と着券数の概念を理解する必要がありました。入場時の捥り(もぎり)で収集した情報と紐付けていますが、屋外競技では天候によっても着券数が大きく左右され、雨の場合には想定以上に来場者が落ち込むことも多いです。
特にサッカーを始めとした屋外競技は、天候のような不確定要素が多く、マーケティングの仮説がうまく当たっていても成果に結びつかない場合も多いんです。しかし、そうした「お金をかければうまくいくわけでもない」ということが、「サッカー」という競技のクラブ運営に共通する面白さだと私は思っています。
資金力が高いチームだからといって、必ずしも毎年優勝できるわけではありません。もちろん資金力が高いクラブは、成功確率も高まる傾向にあります。一方で資金力が豊富でも好成績から遠いクラブも少なくないため、この部分はある意味楽しみながら取り組めているのかもしれません。
たとえば、とあるJ2リーグのクラブのスタジアムに訪れた際、非常に多くのことを学びました。そのクラブは栃木SCと同じように長らく降格圏にいたのですが、スタジアムの雰囲気は最高だったんです。
エンタメ性を担保しながら来場者を楽しませる企画がそこにはありました。順位に関わらず、来場数の多いクラブという触れ込みは聞いていたのですが、あの光景には非常に驚きました。そのとき、栃木SCでも同様に勝ち負けに左右されないスタジアムの価値を作っていきたいと強く思いました。
試した施策を1年単位で振り返るマーケティング
予算が少ない中で、企画を複数立案したり、切り口をとにかく出し尽くして取り組んだり、他クラブの成功事例を取り入れたりと、クラブ運営は頭を使い続けることの繰り返しです。
実際に成功した事例もあります。冒頭に紹介したガールズデーや、栃木のいちごをフィーチャーしたスタジアムグルメを取り上げた企画では、来場への結びつきや、初めて観戦する人を増やすなど、一定の効果を出せました。
また、単純に集客数だけを増やすことにとどまらず、「教師の日」には教員の方々を対象とし、該当する方を無料で招待するイベントに取り組みました。
栃木SCの前身である「栃木教員サッカークラブ」は、栃木県内の教員によって組織されていた経緯より、プロクラブになる以前から知っている方々に懐かしむ声をいただけました。「地元への貢献」という意味で、チームを非常にポジティブに捉えていただく機会となりました。
参照:【10/6徳島戦】「教師の日」開催のお知らせ|栃木サッカークラブ公式サイト【栃木SC】
また、外国人を招待する企画も反響が良かったです。
栃木という土地柄、メーカーの生産拠点が一定数集中していることから、外国人も数多く居住しています。そのため、外国人との関わり方としてスタジアム観戦がリンクする役割を担う、「社会性」を意識して企画の打ち出しが非常に大切であると学びました。
このようなイベントは、着実な毎年の積み重ねが大切です。毎年の定例イベントの「風物詩化」で、通年で取り組む時期を年々固定していきたいと考えています。今年はとにかく打ち手を試す1年間でしたが、2020年シーズンはそうした「栃木SCならではのイベント」を増やしていく予定です。
ただ、うまくいかなかったイベントも数多くありました。
2月のシーズンキックオフMTGの時は、極寒の中で屋外のイベント会場を用意してしまったり、平日開催の試合で「ノー残業」を訴求軸とした企画では特典でドリンクチケットを付けるも、飲んで帰る際の交通手段が不足していたばかりに集客で苦戦したり、学生向けに大学からシャトルバスを出したものの、来場者がそこまで増えなかったり。
そうした繰り返しを経て、企画の善し悪しを判断し、1年ごとのブラッシュアップが、クラブ運営のマーケティングでは欠かせませんでした。
少ないチームでマーケティングに取り組むコツは「ツールの活用」
少人数でのマーケティングを成功に導くためには、ツールの活用が欠かせません。そのため、具体的には以下のツールを実際に活用しています。
Google Hangouts Chat(グーグル・ハングアウト・チャット)
Googleが提供する「Hangouts Chat(ハングアウト・チャット)」で社内のやりとりを行なっています。社内共有ツールとしては基本的に「G Suite(Gスイート)」を活用しています。
参照:Google Hangouts Chat: チームで安全にメッセージをやり取り | G Suite
Eight(エイト)
名刺管理としては、Sansan株式会社が提供する「Eight(エイト)」を活用しています。特にスポーツ業界ではIT社長時代とは異なる人たちと新しく出会う機会が増えたため、改めて重宝しています。
参照:Eight(エイト)
Stock(ストック)
社内の情報共有としては、「Stock(ストック)」を使ってます。属人化防止を目的とし、最近利用を開始しました。私としてはメンバーのジョブローテーションを促進したいのですが、グッズ販売やチケット管理などのスキルが属人化してしまうと、ずっと何年も同じ業務を任せ続けるしかなくなってしまう。だからこそ、ナレッジの共有をシステム化することは欠かせないと感じています。
参照:Stock(ストック)|チームの情報を最も簡単に残せるツール
formrun(フォームラン)
クラブの情報を発信するWebサイトでのお問い合わせ用フォームとして設置しています。クラブに対するお問い合わせの内容が多岐にわたるため、「返信に時間がかかること」、「返信に抜け漏れが発生しやすいこと」などに問題意識を持っていました。
「formrun(フォームラン)」の導入により、かんばん方式によるお問い合わせ毎のステータスの視認性が高いダッシュボードを活用し、従来のメールでの煩雑なやりとりの排除や、今までは難しかったお問い合わせ対応の分担が、容易にできるようになりました。
参照:無料から使えるメールフォームと顧客管理 | formrun (フォームラン)
Googleフォト
これまで紹介したアプリの中で、ダントツの1位の神アプリと認定しています!(笑)
顔認識で撮影した選手の写真を自動的にフォルダ分けしてくれるので、私が振り分け作業をする必要がなくなりました。他のクラブはおそらく人力作業のケースもあると思うので、「Googleフォト」はぜひ全クラブに勧めたいです。「Googleフォト」を活用によって、ポスターやカレンダーを作成する際の工数も大幅に削減できました。
また、選手個々人から見ても「スタジアムや練習時に撮影した写真をスムーズに収集する」というニーズが非常に高いことに気づきました。
たとえば、選手個々人がInstagramやTwitterに写真を投稿する場合、彼ら自身は実際にプレーしているため、素材を手元に持っていません。Googleフォトの閲覧権限を選手やスタッフに付与して共有することにより、撮影者の著作権問題も解消できました。
SNS投稿をスムーズに促すためにも、クラブ側としては受け渡し体制の構築が大事であると感じています。
参照:Google フォト – 思い出を何枚でも保存、見たいときにはすぐに見つかる
小さなチームは自分たちで仮説検証と時間の効率化を突き詰めること
小さなチームならば、まずは自分で仮説検証を行い、示唆をもとにさらなる成果を残す必要があります。
その活用のためには、狙いを定めて素早く施策を繰り出して振り返ること、そして適切なツールを活用して時間効率を向上させる必要があります。
それぞれを意識して取り組めばマーケティングの成功に近づけると思いますので、それぞれぜひ試してみることをお勧めします。
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江藤 美帆氏 プロフィール(Twitter:@etomiho)
株式会社栃木サッカークラブ(Jリーグ所属「栃木SC」)、取締役マーケティング戦略部長。米国にて大学卒業後、Microsoft、GoogleなどのIT企業勤務、起業などを経て、広告代理店在籍中にWebメディア『kakeru』を立ち上げ、初代編集長に就任。その後、同社にてスマホで写真が売れるアプリ「Snapmart」を企画開発。上場会社への事業譲渡後、スナップマート株式会社代表取締役に就任。2018年5月より現職。JリーグクラブのtoC向け事業(チケット・ファンクラブ・商品化等)を統括。
<取材・文=甲斐 雅之(@Kai_MSYK)、編集=中島 孝輔(@KosukeNakajima_)>
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甲斐 雅之