チームの合言葉は”マジ価値”。freeeの急成長を支えるマーケティング組織の裏側に迫る
- 高谷みう
freee株式会社 執行役員 CMO 川西 康之
東京大学法学部卒。在学中に起業し、以来10年以上にわたって経営に携わる。freeeでは全社のマーケティング責任者として従事。日本で一番スモールビジネスに寄り添えるマーケティング組織の実現を目指す。
今や多くの方に認知され、普及している「クラウド会計ソフト」サービス。市場がなかった中で常に開拓者として走りつづけ、今や「会計freee」は利用者100万事業者を突破、市場シェアNo.1を誇るのはfreee社だ。その背景にあるのは、社会の大きな変化を捉えた中でのプロダクト戦略と組織づくり。freee社の今を作ったその2つについて、同社CMOの川西氏にお話を伺った。
成長の源泉となるのは、市場開拓者としての「ブランド力」
川西氏:
もちろんですが、今ある成果はWebマーケティングやプロモーションだけで達成しているものではありません。今となってはサービスの開発が進み、一定の認知も得ていますが、「国内初のクラウド会計ソフト」という最先端かつ開拓者としてやってきたブランド力が大元になっています。特にサービス開始初期のイノベーター層からの認知と、これまでサービスをご愛顧いただきました実績が、ブランドの源泉になっているのは間違いありません。
その上で、各種デジタルマーケティング施策だったり、プロダクトの拡張によって幅広い層に価値提供できるようになり、現在も成長が加速しています。マーケティング戦略とプロダクト戦略が合致した結果が、会計freeeの100万事業所突破という数字に現れているのだと思います。
「働き改革」や「複業」。大きな社会の変化を捉えたプロダクト戦略
川西氏:
私が個人事業主様向けの事業責任者を担当していた時、2016年に開業freeeというサービス(個人事業主の開業が簡単にできるサービス)をローンチしました。当時、ちょうどメルカリやAirbnb、Uber eatsなどシェアリングエコノミー系のサービスが爆発的に広がり始め、世の中的には「働き方改革」の側面で、複業ビジネスが流行り始めてきました。
複業が流行り始めると、個人事業主になる方が増えて、確定申告をしないといけない人が増えます。それは我々としては大きな事業機会。ここで、”巨大市場ができる”という社会的背景を捉えるべきという大前提が生まれました。大きい市場を捉える時に、小手先のプロモーションのみでは、どうしても上澄み部分のビジネスにしかなりません。4Pのような広義のマーケティングが必須となる中で生まれたプロダクトが開業freeeでした。
また、我々が投資してきたのは、スマートフォンへの最適化です。”複業”、”シェアリングエコノミー”の文脈に通ずる方々が所持するデバイスとしてスマホかタブレットは必須であるかと思われます。
これまで世の中になかったものだとしても、利用者と適切なコミュニケーションを構築していけば、ある程度放っておいても世の中の情勢と共に成長できるだろうと。世の中の流れを意識した結果、スマートフォン対応に注力し始め、そこがサービスの強みとなりました。
今年の確定申告では、国税庁が「確定申告はスマートフォンで」と謳っていたので、弊社起点で市場を創造するに至った具体的な成功例になったのではないかなと思います。
freee社がインハウスマーケティングにこだわる理由
「BtoB」×「会計」という特殊な領域の中で、freee社はインハウスマーケティングにこだってきた。その理由は顧客理解とスピードにある。社内の知見を生かしてスピーディにトライし、色々な角度でお客様とコミュニケーションする事で、CAC(Customer Acquisition Cost:顧客獲得単価)は改善し続けていると言う。
川西氏:
施策レベルでは、デジタルマーケティングに注力して成長してきました。短期的に顧客獲得するためのリスティング広告やプロモーション施策は、同業他社と同様に淡々と磨いてきており、特にGoogle広告やFacebook広告、Yahoo!プロモーション広告のような主要な広告運用はインハウスでの運用にこだわり、継続してきました。決して代理店を否定している訳ではなく、「BtoB」かつ「会計」という特殊な領域であり、他社事例も少なかったという背景があったことから、お客様を一番理解しているのは我々だと思っているからです。その知見を代理店にお渡しして運用することも可能ですが、サービス開始当初は、コミュニケーションによるロスが致命的な差になるのではないかと思いました。
もちろん完全純血主義である必要はなく、今もSEOなどの領域においては、社外のプロフェッショナルからコンサルティングを受けています。
社外から力をお借りするスコープを明確にして、必要に応じてスポット形式でお力をいただく。お願いした部分の知見は、社内の資産に蓄積できる形でお付き合いをさせて頂いています。
施策の価値を担保する「マジ価値」カルチャー
インハウスでのマーケティングにこだわりを持ちつつも、社外パートナーの専門知識も積極的に活用するfreee社。どのような体制であっても、メンバーひとり一人が本質的な価値を意識して自律的に施策をハンドリングする姿勢が強みだと言う。その背景にあるのは、freee社独自の価値基準「マジ価値(本質的で価値ある)」だ。
川西氏:
「マジ価値(本質的で価値ある)」という価値基準が、社外のパートナーに丸投げでなく、自分たちが主体となってハンドリングすべきという考え方に繋がる、魔法の言葉と捉えています。
各施策の「マジ価値」を誰が担保しているのか、弊社はこれが常に問われる環境です。その時に社外パートナーに責任を擦りつけるのではなく、どのような形であれ、メンバーが「マジ価値」を担保すべきという文化・土壌ができています。
オウンドメディアもツールも、戦略上必要なものは自由に実行
freee社では中長期的な時間を要する顧客獲得のために、これまで複数のオウンドメディアを運営してきた。同社の成長に大きく寄与しているアセットの一つだが、これらにおいても独自の価値基準を元に、各事業部ごとのメンバーがスピーディーに施策実行の判断を行っている。マーケティングスタックのベースとなるツールの導入においても同様で、freee社の定める価値基準の「価値」は偉大だ。
川西氏:
当社のマーケティングの体制は、より専門的な機能を持っているセントラルなマーケティングのチームと、各事業部ごとに施策を行うチームが分かれています。
freeeではオウンドメディアを早期からやってきましたが、組織横断的にマネジメントしているのは『経営ハッカー』のみです。それ以外のメディアは各事業部が自由にやっています。
非効率的な部分もあるかもしれませんが、全てを組織横断で判断しようとするとスピードが失われてしまうためです。freeeの強みとして、個々人の担当者が強いオーナーシップを持ってマーケティング施策に取り組んでいる点が挙げられます。全体最適で判断するよりも個別に最適化してもらった方がよく、その方が最終的に全体最適に近くなります。
私はチームメンバーから上がってくる予算の承認をするものの、新規施策のコンセプトや位置付けを決める際にはそこまで関与をしません。各事業部がそれぞれの戦略上必要なことを判断して決めているので、小さな施策である場合は私が知らないうちに始まっていたり、無くなっていたということもありました(笑)。
また、ツールの選定も各事業部の判断に任せています。条件として必須としているのは、全社のマーケティングスタックのベースに位置しているSalesforce(セールスフォース)やMarketo(マルケト)と繋ぎ込めるかどうかだけです。三ヶ月に一回のペースで、各事業部ごとにPLベースの振り返りを行いますが、その際に施策やツールの見直しにも取り組んでいます。新しいツールを導入する場合、定着するまでに一定の学習コストがかかることから、長期的な目線で必要となる顧客とのコミュニケーションを逆算し、そこに有用可能かどうかを考えて投資の判断を行います。
役割を滑らかにする事がパフォーマンスの最大化に繋がる
川西氏:
SaaSはマーケティング、インサイドセールス、カスタマーサクセスなど各ファンクションをどうやって滑らかに繋ぐか、という部分が非常に重要で、これがパフォーマンスの最大化に一番効くと思っています。
それを実現するため、freeeでは人事交換を積極的に行なっています。例を挙げるとすれば、セールス担当者にマーケティング業務を取り組んでもらったり、マーケティング担当者にカスタマーサクセスやインサイドセールスに取り組んでもらったりします。他職種の業務に触れたことがある人を増やすことによって、組織間の壁を無くす。例えば、「あいつら広告のダッシュボードばかり見ているけど、あいつらにはあいつらなりのロジックがあるはず」とお互いに理解できたりします。
マーケターは今月の数字を作っているわけではないので、期末の追い込み時期は除け者にされがちですが、セールス出身のマーケターは月末にセールス業務を手伝うなど、各ファンクションの垣根をなくした行動は目に見える形で現れています。
freeeのマーケターが行っている、顧客理解のための習慣
川西氏:
マーケターが大前提として必要なことは、大きく分けると顧客理解とプロダクト理解の2つです。顧客理解のためには、セールスに営業同行したり、セールスがお客様と電話している横で、イヤホンジャックをつないでお客様との会話を聞いたりしています。
マーケター自身が作ったリスティング広告のキャンペーン経由でサービスを知ったお客さんにはどう伝わっているか、逆に伝わっていないかなどのリアルな声をもとに、一つ一つ勉強することを積極的に行なっています。同行のあとは、「留学」といって2~3週間くらいインサイドセールスチームに入って架電をしてみたり、サクセスチームに入ってお客様の要望に応えます。そうしないと生のお客さんの声は得られないので、習慣として当たり前にやっています。
全社マーケティング力の向上の鍵となる「採用」
川西氏:
freee全体のマーケティング力向上には、採用が大きな影響を及ぼしています。
中途入社のメンバーが持っている高い専門性や経験値は、弊社にとっては高い価値を有しているように思えます。新卒で入社したメンバーの場合は、入社してからさまざまな業務を行い、その後にマーケティングチームに加わるメンバーが出てきます。freee全社を理解しながら企画から実装までできるので、フルスタックマーケターの卵とも言えるメンバーばかりです。この掛け合わせで、freee全社のマーケティング力が上がっていると感じています。
そして、人材を集める際には、やはり価値基準をメッセージとして発信するよう意識しています。
メンバーに求めるものは、freeeの価値基準、カルチャーにフィットするかどうかに尽きるからです。BtoBのスモールビジネス向けのニッチな領域におけるマーケティングに取り組んでいるため、新興事業でもあることから、世の中を見渡しても同業で経験を積んでいる人はあまりいません。しかし、価値基準やミッションの共感が強い人間であれば、弊社が提供する専門領域の課題解決ができるマーケターとして十分に育成可能であることがわかりました。
私がfreeeに入った時は会社員経験がありませんでしたが、最初の人事評価の時に「成果は出ているけど川西さんのやり方でやってるので意味ないですよね。freeeのやり方でやらないと意味ないです。」と言われたくらいこだわってやっています。
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- この記事を書いたライター
高谷みう