インタビューデザイン

営業からデザイナー、BtoBマーケターへ。Web制作会社ベイジ代表 枌谷氏のキャリアから紐解く、マーケターへの道のり

臼杵優
sogitani_icatch

BtoB企業のマーケティング支援を強みとするWeb制作会社、株式会社ベイジ。その代表を務めるのが枌谷力(そぎたに つとむ)氏だ。

典型的なプレイングマネージャーである彼は、同社の代表を務める傍ら、クライアント企業のマーケティング企画からUIデザインまで幅広く携わっている。さらには現在フォロワー数2万9千人を誇るTwitterを積極的に活用し、ブログやスライドなど様々なコンテンツを発信。Web制作やBtoBマーケティングの業界で働いていれば、彼のコンテンツを一度は目にしたことがあるだろう。

また、セミナーやイベントの登壇も数多く行っている。先日行った自主開催イベントは、1万円を超える有料セミナーでありながら、200枚のチケットが2日で完売。

その情報発信とコンテンツをフル活用したマーケティング力は、業界内外から注目されている。

彼のファーストキャリアは、大手SIerであるNTTデータの企画営業職から始まった。4年後にはWebデザイナーの道へ進み転職。広告会社、制作会社を経験してから、フリーランスのWebデザイナーとして独立し、2010年に株式会社ベイジを起業し、現在に至る。

営業、デザイナー、マーケター、経営者……一見するとジャンルが異なる職種を渡り歩いているようにも見えるが、そこには一貫した行動やマインドセットも垣間見れる。彼のキャリアを紐解きながら、それを解き明かしていきたい。

「自社の強みを“BtoB”に設定してマーケットを取りにいく」話題になったスライドの制作背景

2019年6月15日に枌谷氏が登壇した『ウェブ解析士会議2019』の登壇スライドを公開したツイートは、BtoBに特化した内容でありながら、200リツイート・1,219いいねを超え、話題を呼んだ。BtoB企業に勤めるマーケターだけでなく、経営者層にも「体系的でわかりやすい」と評価を受けている。

枌谷氏の過去の登壇やインタビューでは、多くのWeb制作会社やデザイン会社と同じく、「UX×Web制作」がテーマのこともあったが、なぜ今回は「BtoB×Web制作」の話を中心にしたのだろうか。

枌谷氏:
私は頭の中には常に「○○に強いWeb制作会社」という公式があり、この○○に何を入れるかを、よく考えています

「UX」は、2010年頃にビジネスサイドにも浸透して比較的一般化した言葉だと思います。UXを強みとするデザイン会社やWeb制作会社もこのあたりから増えてきましたよね。

元々、天邪鬼なところがある私は、こういう「右向け右」の大きなトレンドからは距離を置くところがあり、UXのことを勉強したり、言及したりすることはあっても、自社のブランドに冠することからは避けていました。

その転機となったのが、2017年のナイル株式会社さんとの業務提携でした。

彼らの顧問に私が就任したとき、「UX戦略顧問」という肩書をいただきました。私自身はUXと自分や自分の会社を紐づけることを避けていたのですが、世の中はそうは見ていなかったのかな、と思った出来事でした。ちょうどUXに関連するような登壇や取材の依頼も増えていた頃でした。

そういう理由から、UXの発信を増やし、「UXに強いWeb制作会社」のブランドを取りに行きました。

しかし、2018年末に「自分たちの看板にUXを大々的に掲げるのはやめよう」と決めました。

理由は複合的なのですが、一つはUXを語る同業者が多く、所詮我々は後追いのフォロワーになってしまうこと。もう一つは、Webサイトに留まらないUXを、Web制作会社が「できる」というのは言い過ぎで、自らを大きく見せるための誠実でない言い方になってしまうと思ったこと。そしてもう一つは、UXというのはあらゆる分野に根源的に必要な考え方であって、あえて「UXの専門家」と名乗る必要もないと思ったこと。

そう思い、「UXに強いWeb制作会社」はやめて、「BtoBに強いWeb制作会社」をより強く打ち出す方針に変えました。

とはいえこれは、突然やり始めたわけではありません。2012年から「BtoBに強いWeb制作会社」という文脈は意識しており、既に情報を発信していました。「BtoB」と「UX」の二本柱としていたものを「BtoB」に絞ったということになります。よく言われる、集中と選択ですね。

そして先ほどのスライドは、「BtoBに改めてアクセル踏むぞ」という、その私たちの声明文のようなものかもしれません。

「BtoBを主軸にする」と心の中で決めるだけでは、自分たちのポジションは生まれません。世の中の人に認識してもらわなければいけません。ブランディングでいえばブランド認知やブランド連想の部分になりますが、今回のスライドはその活動の一環で、体系的かつ誰でも理解しやすい“わかりやすいコンテンツ”をネット上に流通させ、BtoBを語るベイジという会社がいると、一人でも多くの人に知ってもらう、というのがその意図なわけです。

自社で培ったノウハウを惜しみなく公開する理由

改めてBtoB領域での発信を強化している枌谷氏だが、発信は上述のスライドに限らず、Twitter(@sogitani_baigie)やベイジの社長ブログ(https://baigie.me/sogitani/)、note( https://note.mu/sogitani )など様々な媒体を駆使し情報発信を行っており、内容もBtoBに留まらず、自身の経験や自社で培ったノウハウの多くを無料で公開している(※有料コンテンツも有り)。

BtoB企業のマーケティング手法として、オウンドメディアの運営や情報発信は、もはや誰もが思いつく一般的な打ち手ではあるものの、効果を体感できず、中途半端に施策が頓挫してしまった経験があるマーケターや企業も多いのではないだろうか。

そこで、積極的な情報発信を継続する上での秘訣を、枌谷氏に伺った。

枌谷氏:
マーケティングという側面で見ると、オウンドメディアやSNSを使った情報発信というのは、直接的な集客を期待しているものではありません。むしろ私たちが意識しているのは、ソートリーダーシップ(Thought Leadership)という考え方です。

日本語化しにくいことから、日本のビジネスシーンでは一般的にはあまり浸透していない言葉のようにも思いますが、海外ではかなり前から注目されている概念であり、特に目新しい考え方でもありません。

ソートリーダーシップとは、直訳すれば「思想の先導者」です。対象とする業界やジャンルにおいて積極的に考えや情報を発信することで、リーダーとしての地位を築き上げる、という考え方です。

この考え方のポイントは「Thought」という部分です。つまり、単に便利なお役立ち情報を発信するだけではなく、私たちはこう考えている、こうあるべきだ、という思想やこだわり、主張を積極的に発信・啓蒙することです。時には賛否あるようなテーマも扱い、時には批判者との議論を繰り広げながらも、強力な支持層を作っていくような取り組みになります。

このような考えがあるため、オウンドメディアにしろ、SNSにしろ、単なる情報発信だけではなく、意見や主張を明確に打ち出すことも恐れず積極的にやっています

ただ、「マーケティングという側面で見ると」といいましたが、オウンドメディアやSNSを、マーケティング目的のためだけに使っているかというと、そういうわけでもありません。情報発信をすれば、それ以外にも様々なメリットがあり、企業にとっては一石二鳥どころか、一石五鳥にも一石六鳥にもなる美味しい取り組みだと思っています。

マーケティング以外のメリットというのは例えば、採用、ナレッジの体系化、言語化能力の研鑽、メディア運営の経験蓄積、社員間のコミュニケーション活性化、そして企業文化の醸成などです。経営全般の多岐に渡った効果が期待できます。

情報発信が続かない理由の一つは、マーケティングKPIしか見てないから、というのがあるのではないかと思います。

確かに、マーケティング上の成果を追求するのはある面では大事です。しかし情報発信によるマーケティングの成果は、すぐに出る保証はありません。一年後、二年後に実感できることも多いです。短期的なマーケティングKPIしか見てないと、ある時点で、成果が出てない、無駄だ、止めよう、となってしまいます。

一方で根気よく情報発信を続けている会社は、マーケティング的な成果だけでなく、経営全般に影響する複合的なメリットに目を見ていることも多いです。

これは組織の中でセグメントされたマーケティング担当者では、出てこない発想かもしれません。だから私は、オウンドメディアやSNSの運営というのは、経営者、あるいは経営者の視点を持った人物が、積極的に関与すべきだと考えています

情報発信は「単なる顧客獲得のための施策として見るな、経営や組織づくりの観点からも見ろ」というのが枌谷氏の主張である。

また、枌谷氏が手掛けるコンテンツは、「分かりやすい」「実践にしやすい」「具体性が高い」と評判である。良質なコンテンツ制作は誰もが簡単に真似できることではないからこそ、その秘訣を知りたい、という人も多いのではないだろうか。そこで、コンテンツのテーマ選びやクオリティ管理といった、コンテンツ戦略、コンテンツ制作の秘訣についても伺った。

枌谷氏:
私やベイジという会社に、戦略的にコンテンツを発信しているイメージがあるかもしれませんが、実はコンテンツを作っている時、戦略はあまり考えていません

それよりも重視しているのは、「今、絶対にこれについて語りたい」という感情です

実は私はEvernoteに、300~400個くらいのネタのストックがあります。中には見出しが箇条書きになってるだけもの、タイトルしか入ってないものもあります。

これらのネタは仕事や生活の中で、頭の中をよぎった時にすぐにEvenoteにメモするようにしています。例えば満員電車の中で、片手でつり革を持ち、人にもまれながら、Evernoteにメモしていることもあります。このように、頭の中で何か閃いたときに、忘れないようにすぐにメモする習慣が、まずあります。

そのメモの中から、コンテンツ化をするものを選び、文章を肉付けしていくわけですが、そこに戦略的な意図などは特になく、その時に「気持ちが乗る」ということを重視しています。そうしないと、「熱量の高い文章」にならないからです。

ただ、あまりにも感情の赴くまま過ぎると、他人が読むコンテンツとして機能しなくなる可能性もあるので、そこに初心者でもわかる丁寧な説明であったり、話題性のあることに言及したり、検索されやすいキーワードを含めたりなどして、コンテンツを市場側に寄せていきます。

ですがあくまで主体は「執筆者の感情」です。市場が先にあり、市場ニーズ優先で、マーケットインで記事を書く、ということはしていません。

また、具体性については、「そもそもコミュニケーションは具体的でなければ伝わらない」という考え方を持っています。

もちろん、テーマによっては、抽象度の高い話が大事な時はあります。ただ、抽象度が高い話の難点は、読み手によって解釈が変わってしまうことです。抽象化することで、多くの人が自分事化して読んでくれる可能性がある半面、抽象化によって、論点がぼけて、伝えたいことが伝わりにくくなる可能性もあります。

そのため私は、意図して抽象的な話をしようと思ってない限りは、常にできるだけ具体的に書く、ということを心がけています。

実は、私は音楽が好きで、Webデザイナーを目指して勉強していた頃、音楽のサイトを自分で作り数年間運営していました。マニアックなテーマだったので、一般の方が読むようなサイトではありませんでしたが、音楽雑誌に取り上げられたり、記事の一部が雑記の企画で模倣されるなど、それなりに注目いただいていた印象はあります。

その頃、毎週2~4本くらいのアルバムのレビューを書くのが日課になっていたのですが、これが「具体的な文章を書く」の良い訓練になりました。

というのも、音楽って、突き詰めれば「好き」とか「かっこいい」とかしかないんですよね。結局は感情や主観なんです

でもそれだけだと、レビューにならないですよね。だから、「好き」や「カッコいい」について、なぜそう思うのか、を突き詰めて書いていくのです。その過程では、歴史や経歴、時代背景、ジャンルの成立理由、皆が持っているであろう固定観念などに触れて、それらと作品やアーティストを対比させながら、レビューを書いていきます。

この経験が、現在のコンテンツ制作の原体験になっているように思います。

具体的に行動に起こせる「行動指針」を。社内向けの情報発信にも、コンテンツ制作の秘訣が詰まっている

枌谷氏がコンテンツを手掛ける上で重視している「具体性」は、自身が代表を務めるベイジの行動指針にも現れている。

【プロフェッショナルは、行動主義である】
・行動しないことを正当化するな。行動しないことはリスクであり、悪である。
・目標をもって行動しろ。目標がない行動は無駄な行動だ。
・この世には、忙しいけど行動する人と、忙しくても忙しくなくても行動しない人の2種類しかいない。忙しいのは当然。忙しさをマネジメントできない時点で怠けているのだ。
・謙虚さ、慎重さを装って行動しないのは、怠惰な自分を甘やかすだけである。
・行動するからには他人を動かせ。他人に影響を与えない行動は意味がない。
・行動の結果をすぐに求めるな。大きな成果ほど行動し続けて手に入るものだ。
・行動したら目標達成まで簡単に諦めるな。諦めた時点で失敗が決まる。
・行動の結果を必ず評価しろ。評価基準は目標達成度と他人への影響度である。

引用元:みんなで会社の行動指針を作りました。 | ベイジの社長ブログ

同社の行動指針は力強い言葉と共に、「なぜ」その行動を取るべきなのかまでが落とし込まれている点が特徴的である。

枌谷氏:
私には10年の会社員経験があり、これまで3つの会社に在籍してきました。私には、在籍してきた会社を反面教師として、自分の会社を作っている面があります。つまりは「こういう会社にはしたくない」という気持ちです。

そこから生まれたものの一つが、行動指針です。

実は起業しようと決めた時から、早い段階で行動指針を作ろうと考えていました。それは会社員時代、価値観や姿勢が根本的に違う人との仕事でストレスを感じることが多かったからです。私がそれぞれの会社を「辞めよう」と考え始めたキッカケは、いずれもこのような、自分では解決できない価値観や姿勢の衝突から生まれました

例えば、残業を一切せずに定時で帰宅したい人と、良いものを作るためには残業を気にせず意地でも作り上げる人もいますよね。これは、どちらも間違いではありません。

しかし例えば、この両者が一緒に仕事をしているときに、時間内には終わらないが終わらせないとマズい仕事が急遽発生したとします。そういう時に、「会社としてはこういう考えを推奨する」というのを明確にしておかないと、両者で衝突が起こるわけです。仕事に対する姿勢や価値観が違うわけですからね。しかもそれはどちらも間違っていない。宗教論争のようなものです。

こういう事態は、仕事のそこかしこで発生します。なので、会社としてどちらの方針を取るのかというのを行動指針などによって明確にしておかないと、価値観の違う人同士で仕事を進める中で、上手く行かないことがどんどん増えていくわけです。

多様性のある社会/会社というのは良く言われます。世の中は多様性があることが当然ですし、多様なものを受け入れられる世の中ではあるべきと思います。

しかし、会社という小さな組織にフォーカスした時にあまりにも多様性がありすぎると、社員にとっては幸せではない状況も起こりえます。仕事はキレイゴトではないことも多いからです。そういう事態を未然に防ぐための、行動指針でもあります。

従業員がまだわずかな2~3人の体制のときから行動指針を作り、仕事にしろ、採用にしろ、その行動指針を基準に判断するということをしてきました。「失敗から学ぶ」という行動指針だけは後から追加しましたが、それ以外の7つの大項目、56の小項目は、一言一句変えずに現在にいたります。

この行動指針を作る上で意識したことが、印象に残ることと、具体的な行動に落とし込みやすいことです。

例えば、「お客様第一主義」や「毎日明るい笑顔で元気よく」のような行動指針をよく見かけますが、こういう行動指針は、抽象的でありきたりで表現が柔らかすぎるので、記憶に残らず、ほぼ確実に形骸化すると思います。社員からすれば、ピンと来ないですよね。

だから、記憶に残ること、具体的であることをかなり意識しました。特に参考にしたのは、「電通鬼十則」です。

怖い上司のセリフのような厳しい言葉で書かれた「電通鬼十則」は、今の時代には賛否あるものだと思いますが、行動指針として非常に優れていると感じました。なので、電通鬼十則の文体や口調を発展させて、自分たちの行動指針を完成させました。

例えば、「打ち合わせでは積極的に発言しろ。黙っている人間には観葉植物ほどの価値もない。」という行動指針がありますが、こういう具体的なシチュエーションを例に出し、「耳が痛い」と感じるような言葉であることを重視して作っていきました。

ただ、行動指針を作っただけではまだ十分ではありません。多くの会社でもある話だと思いますが、行動指針をどう浸透させるのか、というのが難題です。

そして、それをずっと考えた結果生まれたのが、日報という制度です。

多くの会社は日報を進捗報告として書いていると思いますが、ベイジでは進捗報告は一切なく、行動指針と照らし合わせたうえで、その日起こったことに対する感想や考えを書くようにしています。

日報を書く時必ず行動指針を見るわけですし、行動指針を元に文章を書いていくわけですから、行動指針が自然と血肉化していくわけです。

営業担当からデザイナー、そしてBtoBに強い経営者へ辿った軌跡

枌谷氏のSNSやブログを読むと、BtoB領域のWeb制作やUX、マーケティングについての分かりやすいコンテンツが並んでいる。彼に初めて触れる人であれば、1つの分野を着実に登り詰めてきた人であるように感じられるかもしれない。しかし、冒頭で記したように、彼は情報通信会社からWebデザイナー、そして現在は、ベイジという会社の経営者という、異なる職能やスキルを繋ぎ合わせながら、キャリアを歩んできている。

そのキャリアに一貫する、紐解く鍵となるのが、上記で枌谷氏本人が語った「価値観」である。

枌谷氏:
新卒で入社したNTTデータには、実は、就職浪人をして入りました。当時は就職氷河期ということもあり、1年目の就活では、(当時はネットが発達してなかったので)約300社にハガキを送り、約50社の面接を受けたものの、内定が取れたのが1社だけでした。しかしその会社は内定辞退しました。就活の終盤になってはじめて、就活のコツのようなものが見えてきて、再チャレンジしたいと思ったからです。

2年目の就活時は、手広く業種業界を広げるのではなく「ターゲティング」が大事だと思い、職種はSE、業界はSIに絞りました。そして、大学で勉強してきた日本史とSEの仕事を紐づけるストーリーを作りました。確か、歴史の勉強の基本は膨大な情報収集を行い、そこから仮説を立てて、分かりやすく編集し、論文にまとめることだ、これはSEの仕事にも共通しているはずだ、だから自分はSEという仕事に向いているのではないかと思った、みたいなストーリーです。

当時は就職浪人は珍しかったので、その「言い訳」ももちろん作りました。一方で、その会社ならではの志望動機は特に用意しませんでした。ターゲットを絞り、その代わりにすべての会社に同じメッセージをぶつけていったわけです。

でもその結果、2年目の就活は、1社を除く全ての会社から内定を貰うことができました。そしてその中で最大手だったという理由だけで、NTTデータに入社しました。

しかしながら、SE志望で就活をしたのに、実際に入社すると営業部に配属されてしまいました。

そこでは、その会社で良しとされる価値観と、自分が人生の中で大事にしたい価値観に大きな差を感じ、モチベーション高く働くことができませんでした。といっても、当時の自分を正当化する気は全くなくて、単に意識が低いダメ社員だっただけなのですが……笑

そうやって社内で悶々と仕事をしていた時、あるタイミングで、イントラネットに掲載する、営業部門のホームページを作ってくれないか、と上司から相談を受けたのです。外の人には分かりにくいかもしれませんが、当時1万人以上もいる会社だったので、イントラネットだけでも膨大な量のコンテンツが存在し、各部署ごとの自己紹介のホームページも存在していました。おそらく仕事があまりできない暇そうな新人に見えたので、私が抜擢されたのだと思います。

しかしながら、そのホームページ作りを通して、「これは面白い」と興味を持ち、結局はこの仕事が一つキッカケとなって、Webデザイナーになろうと決意しました。ただ、すぐに転職できるほどの実力も経験もなかったので、そこからさらに2年間、会社に在籍しながら、仕事帰りや土日に通えるスクールに通い、転職用の作品を30点くらい作って、新卒から数えて4年目の最後の日に退職して、未経験のデザイナーとして、社員10人ほどの広告制作会社に転職しました。

実は、この時点というか、NTTデータを辞めようと決心した入社2年目の時点で、既に起業したいと考えていました。

元々は、会社の中で生きるのは向いていない、自分が作った会社か、あるいはフリーランスかという選択肢から伸び伸びと自由に働きたい、と思っていました。しかし、何で起業していいか分からない。そんな時にWebデザインに出会い「閃いた」という感じです

またその頃から35歳で独立しようと思っていました。その当時読んだ本に「成功しているデザイナーは35歳で独立している」と書いてあったからです。そして実際、フリーランスとして独立したのが35歳です。

なので、キャリアを転々としているように見えるかもしれませんが、デザイナーから起業というのは、自分の中では既定路線でした。

起業時にも、「会社の10年計画」みたいなのを作ったのですが、10年経ってそれを見てみると、ほぼその通りに進んできているんですよね。もちろん、違ってる部分もあるはあるのですが、自分は行き当たりばったりにキャリアを進めてきたというよりも、どちらかというと、どこかで立てた長期的な計画に従って、キャリアを作ってきたタイプと言えるかもしれません。

学び、体験してきたことが全て融合される「ミクスチャー」なキャリア

新卒2年目の時点で既に起業を視野に入れていたと言う。では、現在の強みとして語る「BtoBマーケティング」への関心は、何がキッカケとなったのだろうか。

枌谷氏:
「マーケティング」に最初に関心を持ったのは、あくまでデザイン提案のためなんです。自身が作ったデザインをお客様に提案する時、「こういう意図があってデザインしました」と説得力を持って説明する必要がありますよね。そのために、マーケティングやブランディングの本を読むようになりました。本で学んだことを提案書にまとめて、デザインの補足説明資料にすることがあります。そうやって学ぶ内に「デザインも面白いが、マーケティングも面白い」と感じるようになりました。さらにいえば、「デザインもマーケティングも、根本的な思考の部分では似ているところが多々ある」とも思うようになりました。

例えば、Webサイトのトップページをデザインする時。デザインを決める上で、ユーザーのニーズ、商材特性、競合との差別化など、多岐に渡って調べないと、一つの方向に決められないですよね。

そうして調べていくと、色々なアイデアが出てきます。しかし、全部のアイデアを盛り込めないので、メインターゲットは誰かを再度確認し、確率をベースに、条件や情報を取捨選択し、一つのデザインに集約していくわけです。これが、リサーチ→STP→コミュニケーションプランニングという、マーケティングの考えとほとんど同じなんですよね。

私がよく、「優秀なデザイナーは優秀なマーケターになりえる」みたいな話をするのですが、これはポジショントークでも何でもなく、デザインを突き詰めていくと、自然にマーケティング思考が求められる、と経験則的に思っているためです。

実はこれは、コンテンツ制作に関しても同じことが言えます。誰をターゲットにし、どういうテーマの記事を書き、どういう順番でストーリーを展開し、どういう文体で、どのくらいの文字量に収めるのか。これもまさにマーケティングですよね。優秀なマーケターは文章や登壇が上手な方が多いです。優秀なマーケターが、優秀なコンテンツクリエイターであるのは、それぞれに共通する部分が多いからなんだと思います。つまり、マーケティングとは、クリエイティブワークなんですよ

そして、マーケティングがクリエイティブであるというのは、地味で硬い印象を持たれがちなBtoBでも例外ではないと思っています。

BtoB領域に関心もったキッカケは、あるBtoB企業のサイトリニューアルを手掛けた時に、慶應義塾大学の余田 拓郎先生の『BtoBブランディング』(※現在は絶版)という本をたまたま手に取って読んだことです。当時はBtoBに特化した書籍も珍しく、内容が参考になったこともそうですが、ただの「ブランディング」ではなく「BtoBブランディング」という切り方もできるわけか、と自分が市場をセグメントしたりターゲティングしたりする上での、大きなヒントになりました。

営業の仕事の中で気付いた、自分の価値観と他者の価値観との違和感。それを追い求めるための起業という選択。そんな時に出会ったWebデザイン。その勉強と趣味を両立させるために始めた音楽サイトで磨かれた言語化能力。そして情報発信。新卒時代の、思い通りにいかない経験をキッカケに、Webデザインへの世界へ飛び込み、そこで「デザイン」と「マーケティング」の共通項を見出した。異なる領域を渡り歩いているように見えて、実は全てが繋がり、過去の経験をうまくリサイクルして、キャリアを作っていることがよく分かる。

そのキャリアデザイン法を、枌谷氏は、自身の好きな音楽という領域になぞらえ、次のように語る。

枌谷氏:
私は今まで、仕事をしたり、本を読んだり、講演を聞いたり、様々な物事や人から影響を受けてきました。ただ、特定の何かをロールモデルとしたことはなくて、その全ての要素が複雑に絡み合って、今の自分を作っているように思います。

自分が好きな音楽の話に繋げてしまいますが、90年代になって、新しいロックのジャンルが生まれたんですよ。R&Bから派生して生まれたロックは、基本的に他ジャンルとのクロスオーバーで進化してきたジャンルですが、90年代初頭に、それまでオルタナティブと呼ばれていた「亜流のロック」が主流になり、そこからロックは、様々なジャンルとの融合がより活発になっていきました。

中でも特に90年代中盤以降に商業的に大きくなったのが、パンク、ハードコア、メタルに、ヒップホップやダンスのグルーヴを取り入れたようなロックバンドです。こういう動き自体は80年代からアンダーグラウンドではありましたが、90年代に一気にメジャーになっていきました。皆が知ってる有名所だと、Red Hot Chili PeppersやRage Against The Machine、Faith No Moreなどがその先駆けっぽいところにいて、Kornが一気に火をつけ、Limp Bizkitがさらに市場を拡大し、Linkin Parkが決定打を出して終止符を打ったのような一連の流れですね。

海外では、Korn以降のこの系譜のアーティストを、80年代以前のメタルと区別して、「ニューメタル」と呼ぶのが一般的なのですが、日本の音楽シーンでは、雑多な音楽をミックスした音楽性であったことから、「ミクスチャー」あるいは「ミクスチャーロック」と呼ぶ人が当時多かったように思います。

そして私のキャリアも、自分で「ミクスチャー」と表現することがあります。「ミクスチャーキャリア」とかですね

ただこれって、私だけの特殊なキャリアデザインではないと思います。人生は基本的に、思い通り、計画通りになることの方が稀です。予期せぬことに悩み、苦しむこともあります。でも、「ミクスチャー」の精神があれば、こういうすべての経験を自分の中に取り込み、自分だけのキャリアを作り出すことができるようになると思うんです。

デザインとBtoBマーケティングなどは、一見まったく異質で繋がらない、もしくは対立することのように思う人がいるかもしれませんが、構造を抽象化していくと、案外共通する部分があるものです。そしてそれを組み合わせると、面白いものが生まれ、しかもそれは、多くの人のニーズに応えられるものだったりする。

白人音楽のロックと黒人音楽のヒップホップが、実は意外と似ているところがあって、2つを融合したら、ニューメタルという大きな市場ができた、みたいな。

そういう風に、学んだこと、経験したことを「ミクスチャーする」という感覚が、人生100年代時代、マルチキャリアが当たり前のこれからの時代に必要な、キャリアデザインの重要ポイントなのではないかな、と思います。

枌谷 力氏 プロフィール(Twitter:@sogitani_baigie
株式会社ベイジ代表。新卒でNTTデータに入社。4年の企画営業経験の後、デザイナーに転身。制作会社を2社を経て、2007年にフリーランスのデザイナーとして独立。2010年に株式会社ベイジ設立。経営全般に関わりながら、クライアント企業のBtoBマーケティングや採用戦略の整理・立案、UXリサーチ、コンテンツ企画、情報設計、UIデザイン、ライティング、自社のマーケティングや広報、SNS運用、ブログ執筆など、デザイナー、マーケター、ライターの顔を持つ経営者として活動している。

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Interview:Kai Masayuki (@Kai_MSYK
Edit&Photograph:Yu Usuki (@yuu_da4

この記事を書いたライター
臼杵優

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