noteインタビュー

学生起業家時代から6年に渡る付き合いのUIデザイナーがShirofuneから得たもの 〜 UI/UXデザイナー 菊地涼太の場合 〜

Shirofune広報担当

Shirofuneでは当初より、ツール開発からセールスや広報・マーケティング、ユーザーサポートなどのサービス展開に至るまで、積極的に社外のプロフェッショナル人材とのチーム作りへ投資し、Shirofuneのプロダクト・サービス両面での成長に取り組んでいます。

Shirofuneの社員として社内に入るわけでもなく、他とはちょっと違ったチームビルディングとその取り組みに、どのような想いを持って参加しているのか、自身の働き方やキャリアへの影響も含めて、チームメンバーに直接聞いてみました。

2人目は、学生起業家時代からShirofuneのUIデザインに携わって以降、6年間に渡りShirofuneのUI設計を担っている菊地涼太さんです。

菊地 涼太 https://note.com/kikku_chi/
UI/UXデザイナー 1993年、神奈川県生まれ。
高校時代からウェブサイトを制作する。慶應義塾大学総合政策学部1年時に、UI/UXデザイン会社を創業。アプリやWebサービスのUIデザインに特化し、成長を遂げる。2019年に同社を売却・退任。
フリーランスとしてデジタルプロダクトのデザインをサポート。2021年からノーコードデザインツールのSTUDIOに参画。
HCD-Net.認定人間中心設計スペシャリスト。

SFC在学中にUI/UXデザイン会社を創業

―大学1年生の時に起業されていますね。

高校生の頃から、趣味でWebサイトを制作していました。大学入学後もWeb制作に時間を注いでいました。

学生なら安く、機動力高く制作してくれるだろうという期待から、企業からの引き合いも多くありました。仕事も増えていく中で、試しに法人を作ってみようと軽い気持ちで創業をしたのが2012年、大学1年生の12月です。

ちょうどその頃、スマートフォンが普及し、UIデザインが重視される流れがきていました。UIというのは、画面上でユーザーがシステムと対話することを通じて、ゴールまで行かれるかが大切で、知見が求められる分野です。

ゴールに向けてどのようなUIが適切なのか、そのためにどういう導線や機能、UXが必要なのか。通常のグラフィックデザインとは違う頭脳が求められます。

僕の会社は黎明期からこの分野でサービスを提供していました。当時はまだ同業者が他にほぼない状態だったので、結果として知見がたまり、実績ができ、人材が入ってくるという好循環を築くことができました。

当時20代の若造だった自分たちに、日本の名だたる企業さんがお声がけをして下さるようになり、会社は順調に成長して行きました。自社HPには毎月数十件に登るお問い合わせがきていたのですが、その中の1社にShirofuneさんがありました。

「期限はありません。いいと思うものを作ってください」異例のオーダーをしたShirofuneとの出会い

―Shirofuneにどのような印象を抱きましたか?

まず、お問い合わせメールの段階からすごい熱量で。面白そうだなと思ってホームページを見たんですけど、普通の会社と何かが違う印象を受けました。代表の菊池さんとお会いして話を聞いたところ、ニッチというか、かなり独自のことをされていると知りました。

当時はShirofuneの前身となる、Adfuneをサービスとして展開されていました。これを新しいものに、Shirofuneへと作り変えたいと。「期限はありません。お金はしっかりお支払いするので、いいと思うものを作ってください」というオーダーでした。

正直、プロジェクトというのは、お尻が決まっていれば簡単なものです。期日までに作れるものを作りましょう、というゴールになるからです。でもShirofuneさんは期日がないと言っている。お尻を決めずに素晴らしいと思えるものを作りたい、と。こんなことを言ってくるお客さんは他にいませんでした。

是非一緒にお仕事をしたいと思い、プロジェクトをスタートさせたのが2016年のことです。

デスク周りにもこだわりが光る

広告運用のイニシアティブは出稿者にある。運用者が楽しみながら使えるShirofuneの設計

―Shirofuneの開発には、どれくらい時間をかけたのでしょうか?

Shirofuneの皆さんの中に、こういう体験を実現したいというスコープが定まっていたので、それをベースに1年かけて検討を進めていきました。期限がなかったので、結果的に1年を要した、という表現が正しいと思います。

そこに至るまでには色々とご迷惑もおかけしていますが、Shirofuneの菊池さん、竹下さん、前田さんの「いいものを作るためであれば、回り道も構わない」という姿勢は終始ブレることがありませんでした。本当に素晴らしい方々だなと、常々感じていました。

―Shirofune開発におけるこだわりポイントを教えてください。

広告運用のイニシアティブは出稿者にある、だから出稿者・運用者が楽しみながら使えるツールにしたいというのは、常に意識して作ってきました。何でも自動でやってくれるツールというよりは、改善カードに沿って手を動かすことで、効果が最大化される楽しさを感じて欲しい。

例えば、媒体の管理画面は使っていて楽しくないどころか、ストレスすら感じてしまうこともありました。それに対してShirofuneは出稿者を適切にアシストし、広告をより良い形で出稿するための、試行錯誤ができるプラットフォームを目指して設計しています。

UIについてもShirofuneの皆様とかなり活発に議論をしながら進めています。デザイナーが作ったものをそのまま採用するのではなく、もう少しこうした方が、運用者が効率的に運用できるのではないかと、議論を重ね、こだわりながら一緒に作っています。

会社を作るのではなく、いいプロダクトを作る。会社の売却を経て気づいた、Shirofuneの独自性

―ご自身が創業した会社でShirofuneのリリースに携わり、その後のShirofuneとの関係性はどのように変化していきましたか?

創業したデザイン会社はトータルで6年間経営をしました。途中、あるベンチャー企業と資本提携をし、デザイナーやエンジニア含めて30名程の組織になったところで退任、会社を売却しました。

プロダクトに目線を合わせてUIを作っていきたいと思いながらも、会社を経営していくとなるとトップラインも追わなければなりません。だんだんと人を売るビジネスに近くなってきてしまい、親会社との方針も合わなくなったことで退任を決めました。

ただ、今になって思うのが会社を売却しないという選択肢もあったのではないか、ということです。成長曲線を描こうとしていたからこそ、色々な焦りや、スタートアップならではのプレッシャーを感じてしまった。プライベートな会社としてやっていく選択肢もありだったのではないかと思うんです。

その点、Shirofuneは「Shirofuneはこうあるべき」という確固たるアイデンティティーを築かれています。菊池さんは起業される前の会社員時代に、子会社の経営をされています。

親会社との関係性やバランスの中で、メンバーをマネジメントしないといけないという、僕と似たような葛藤を色々と感じられたと思うんです。そこでShirofuneを立ち上げた。

自分が働きたいと思える人たちだけと、その人たちの自主性を重んじて、いいプロダクトを作っていこう、と。人の顔色を伺わず、いいと思うものを、いいと思える人たちと作る。会社を作ろうとしていない感じがすごく魅力的で。

だからこそ、前の会社を退任してフリーランスになったあとも、Shirofuneさんとのお仕事は続いていきました。

栃木県那須塩原市に移住し、フルリモートで業務に携わる

STUDIOでマネジメントをしながら、Shirofuneで手を動かす

―フリーランスになってからは、Shirofuneとどのような付き合いをしていたのでしょうか?

AdfuneからShirofuneにリニューアルした時は、「まずこれを作ろう」というものがひと段落した状態でした。その後の構想も聞いていたので、まだまだやり残したことはあるという認識でいました。組織の人間から個人になって、フットワークも軽くなったので、引き続きプロジェクト形式で関わっていきました。

しかしフリーランスとして2年近く色々な仕事をしていく中、次第に課題を感じるようになっていきました。プロジェクト単位で関わっていくと結局、外の人なんですよね。切り出された何か一つをやっている。そうすると部分最適で終わってしまうので、本当に良いものを作りづらいと思うようになり、だんだんとパフォーマンスが落ちていきました。

そんな時、菊池さんが「何か悩んでいませんか?」とご飯に誘ってくださいました。僕の考えを話したら「これからはメンバーだと思って、毎月報酬をお支払いします。自由にShirofuneのことをやってください。」と言って下さったんです。「毎月どれだけ働いてもいいし、働かなくてもいい。ただ、いいと思えるものを作ってください」と。そこからまた僕とShirofuneの新しい関係性がスタートしました。

時を同じくして、博報堂のツールプロジェクトでも採択されているノーコードデザインツールの「STUDIO」に入社することを決めました。「STUDIO」は僕が学生時代に創業したデザイン会社からスピンアウトしてできた会社です。当時から作りたかったツールで、やり残したことの一つでした。

今は「STUDIO」のグロースにコミットしながら、夜と週末はShirofuneに時間を使う日々です。STUDIOではプロダクトマネジメントをしていて、Shirofuneでは思う存分、手を動かしてUIを作っています。どちらにも違う面白さを感じています。

自分がやりたいことをやるため、意思決定にオーナーシップを持つ。Shirofuneが教えてくれた、本当に大切なこと

―Shirofuneに関わったことで、ご自身の価値観に影響を及ぼしたことはありますか?

Shirofuneの皆さんから学んだのは、自分がやりたいと思えることをやる、それに尽きるということです。

老後2000万円問題とか、FIREとか色々言われていますよね。確かに、未来への不安要素、ストレスを軽減する一つの選択肢だとは思います。

でもそうではなくて、自分がやっていて楽しいこと、誇りに思えることをやれるように、意思決定をしていく。そこにちゃんとオーナーシップを持つ。ここに関してShirofuneの皆さんは一切ブレないんですよね。

もちろん悩んだり、話し合ったり、時には休んだりもしながら、またShirofuneに帰ってくる。そういうコミュニティ的なところがすごく素敵だし、自分もそうありたいと思います。

―Shirofuneとの今後の関係性は、どのようなものをイメージしていますか?

Shirofuneさんとの関係性は今後も長く続いていくんだろうと思いますし、僕もバリューを発揮できる限り、関わらせていただきたいと思っています。国内だと右に出るサービスはない状態なので、今後は海外進出も考えていきたいですね。

Shirofuneは博報堂のツールプロジェクトに採択されていますが、僕が関わっているSUTIDOも同じプロジェクトで使われているんです。個人的にはこのせっかくの機会をうまく繋げていきたい。

STUDIOでLPを作りShirofuneで広告出稿をして広告効果を高めていく。そんな連携ができれば、また面白い展開になるのではないかとワクワクしています。

<取材・文/藤井恵>

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